びわ湖マラソン2025出走記

こんにちはパセリです。2025年3月9日(日)、びわ湖マラソンを走ってきました。結果は
2時間50分17秒!
前戦の別大に続けての50分切りはなりませんでした……。
(2025年の別大についてはこれらの記事をお読みください!)
ということで、反省を兼ねてびわ湖マラソン2025を振り返っていきます。よろしければぜひ最後までお読みください!
Contents
びわ湖マラソンとは?
びわ湖マラソンは2023年から滋賀県で開催されているマラソン大会で、今年で3回目を迎えます。もともと滋賀県では陸連主催の「びわ湖毎日マラソン」が行われていましたが、2021年に単独開催が終了し、2022年から大阪マラソンに統合されました。びわ湖マラソンはその後継大会として開催されることになったのですが、「びわ湖毎日マラソン」がオリンピック等の日本代表を決めるようなエリートランナー向けの大会だったのに対し、びわ湖マラソンは市民マラソンとして開催されています。
ブログ主は隣の京都府在住ということもあり、記念すべき第1回を走ろうとエントリーしたもののけがでDNS、続く第2回こそ走ろうとエントリーするもまたまたけがでDNS。今回、三度目の正直ということでようやく走ることができました。
コースは大津市の皇子山陸上競技場をスタートし、びわ湖沿いをいったん南に向かって近江大橋を渡って今度はびわ湖沿いを守山市まで北上して折り返し、草津市の烏丸半島がゴールとなります。小さなアップダウンはあるもののおおむねフラットなコースで好記録も期待できるコースレイアウトです。
当日朝からスタートまで
当日は4時過ぎに起床。朝イチの家事を済ませたのち、8:20スタートから逆算して5:20に朝食を取り終えて6時前に家を出ました。スタート地点になる皇子山陸上競技場についたのは7時前、そこからは準備体操と着替えをしたくらいで特筆すべきことは何もありません。
当日のウェアは下の画像の通り(ただし、下の画像は2025年の別大のものです)。大会中に気温が上がることはわかっていたのですが、スタート時の気温が低かったため、アームガードとカーフガードは着用しました。補給食はいつも通りスタート30分前にアミノバイタル、マグオンを12km・24km・36kmで摂る予定でした。

なお、レースプランはいつも通りキロ4で粘れるところまで粘る、ですが、三度目の正直でようやくびわ湖を走れること、2月にそれほど練習できなかったこと、を踏まえてタイムにはこだわらず楽しんで走ろうと思っていました。スタートするまでは。
スタートから5kmまで

スタートは前述の通り皇子山陸上競技場。自分はAブロックだったのですがスタートラインまで35秒かかりました。競技場を出てからも大通りに出るまでコース幅が狭く、なかなかスピードを上げることができません。1km通過時点の手元の計測が4:50。
それ以降はプラン通りキロ4で走ることができています。ただ、実は1km地点での遅れに焦ってしまい、なんとか1分を取り返そうと意識的にペースを上げて走っていました。体感的にはちょっとオーバーペース気味でした。
結果的にはこれが悪手でした。スタート前の楽しんで走る気持ちを忘れず、少しずつペースを上げればよかったものを、「1分の遅れ!」という気持ちが強くなってしまい、序盤から無理をすることになってしまいました。
スタート〜5kmの公式タイムは20:20。
5km〜10km

6km付近で左前方に近江大橋が見えてきます。フラットなびわ湖のコースでは大きなアップダウンになる地点です。
なんとなく今年の別大の2回目の新川大橋のイメージがあって、近江大橋の登りをペースを落とさず駆け上がり、そのままのペースで下りを駆け下りてペースに乗ろうと思い、実行しました。
ところが思ったほどペースが上がっていません。このあたりで、今年の別大のようないいイメージでは走れそうにないと自覚しました。
5km〜10kmの公式タイムは19:35。
10km〜20km

この10kmは特筆すべきことはありません。おおむねキロ4を少しだけ切る、自分らしいスピードで走ることができています。12kmで予定通り1つ目の補給食を摂りました。15km地点のタイム掲示が目視でぴったり1時間。ようやく最初の1kmでできたロスを取り返しました。
15km付近でいったん湖岸道路を離れて農道を走ります。農道で2度目の折り返し直後に20km地点を通過します。
10km〜15kmの公式タイムは19:29。
15km〜20kmの公式タイムは19:31。
20km〜25km

中間点の正式通過タイムが1:23:51。このタイムを見た時になんとか50分切りはいけるだろう、と思いました。
22kmを過ぎたあたりで農道から湖岸道路に戻ります。このあたりからサンダル?ワラーチ?のランナーさん、女性ランナーさん、帽子にカメラをつけたランチューバーさん?達と5人くらいで集団になりました。サンダル?ワラーチ?のランナーさんと女性ランナーさんとはお互いに声を掛け合っていてまだまだ余裕のある様子でマラソンを走り慣れている感じでした。
24kmで予定通り2つ目の補給食を摂りました。
20km〜25kmの公式タイムは19:53。
25km〜30km

上記20km〜25kmのタイムを見てもわかる通り、20kmまでのタイムより僅かに落ちています。何とかもう少しペースが上がらないか、と思って25kmを過ぎたあたりで集団の前に出ました。
このあたりで烏丸半島、ゴール地点の横を走ります。集団の前に出たものの集団の他のランナーさんのような余裕はありませんでした。
結果から言えば、ここで集団の前に出るという判断は誤りでした。まだ25km、せっかく集団のみなさんが余裕のある感じでキロ4ペースで走っていたので、そのペースに乗っかるべきだったのです。
25km〜30kmの公式タイムは20:02。集団の前に出たはずなのにペースは上がっていませんでした。
30km〜35km

30kmを過ぎて前述の集団に吸収されました。というより、集団のペースが明らかに上がっています。体感では別大の30km地点ほどの疲れを感じてはいなかったので改めて集団についてくことにします。
しかし明らかに集団の他のランナーさんたちは自分よりも楽な感じで走っています。別大の時ほどの疲れは感じていなかったのですが、もうペースが上がりそうな感じはまったくありませんでした。
33kmあたりで湖岸道路を折り返します。その後いったん湖岸道路を離れてSGホールディングスの陸上競技場に入ります。このあたりで集団から遅れ始めました。
30km〜35kmの公式タイムは19:59。まだキロ4ペースはキープできていたようです。それでも集団についていけなかったということは、集団のランナーさんたちはここからペースがさらに上がったということですね。恐ろしや……
35km〜ゴール

35kmを過ぎて集団からは完全に遅れてしまいました。後ろから抜いていくランナーさんについていく力も残っていません。上の画像を見ると38kmまではまだサブ3ペースで走れていたようですが、そんな実感はありませんでした。
36km地点で予定通り3つ目の補給食を摂取。しかしそんなことで劇的に何かが改善するはずもなく、どんどんペースは落ちていきます。
35km〜40kmの公式タイムは20:56。今振り返っても、まさかサブ3ペースでこの5kmを走れていたことが信じられません。
とはいえ、40km手前から体感的にはもうジョグペースでした。41kmを過ぎると両手がしびれるような、これまでに経験したことのないような感覚がしてきます。とにかく気持ちだけは切らすことなく、どんなにペースが落ちても絶対に歩かず走り切ろう、と思って走っていました。
すると! 後ろから聞いたことのある息づかいが聞こえてきます。西☆練でよくご一緒するこーひーらんなーさんが自分を抜いていきます。
こーひーさんがサブエガを目指しているのは自分も存じ上げていたので、サブエガに向けてエールを送り、自分もあわよくばこーひーさんの勢いに乗っかって最後の力を振り絞ろうとしました。
(こーひーさんのびわ湖マラソン動画です! 自分も少しだけ写っています。)
しかし、こーひーさんに抜かれた直後にびわ湖マラソン最後のアップダウンが待っていました。まさか最後の最後にこんな登りがあるとは予想もしていなくて、気持ちだけではなんともならず、さらにペースはダウン。なんとか直前の決意通り、歩くことなくゴールするだけで精一杯でした。
ゴール後
フル完走後はいつものことですが、足が攣りまくり、時間をかけてなんとか着替えを完了。ゴール会場で無料の自衛隊特製とん汁をありがたくいただいていると、これまた西☆練でご一緒している@OKHI42195さんとお会いしました。とん汁の後はやはり無料のおにぎりを二人でいただき、ゴール会場をぶらぶらしていると女子の表彰式が始まりました。
女子の優勝者もこれまた西☆練でご一緒している方で、自分とはレベルの違う方ではあるのですが、表彰式を見届けて勝手に喜びのご相伴に預かって会場を後にしました。
最後に
これにて2025年のびわ湖マラソンは終了です。ここまで述べてきたように終盤失速して、中間点で意気込んだ49分切りはおろか50分も切ることができず、悔しい気持ちでいっぱいなのですが、これは
2025別大2:45:55、2024別大2:49:00、に次ぐ、自分のフルマラソン3番目に速いタイム!
でもあります。そして、公式のリザルトによると、なんとか年代別で10位以内に滑り込んでいました。11月のいびがわハーフ、12月の奈良に続いて年代別10位以内ということで、そう考えると悪くない結果だったのかもしれません。自分に甘いような気もしますが。
ということで、2月の別大後の練習不足という、びわ湖終盤失速の反省を踏まえ、翌日から早々に練習を開始したのですが、そのせいで右足首を痛めてしまいました。がそれは別の話、いや別の記事ということで。
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